
まるで胎内のようだ。
巨大なホールのように、幾重にもドレープした、滑らかな岩肌が周囲を囲む。その女体を思わせる、エロチックな曲線を霊性を帯びたような青い水が流れる。滝壺は白く泡立ち、轟々と流れゆく。その真っ只中に立ち尽くしていると、気が遠くなり、当初感じた威圧感など消えてしまい、たゆたうような心地よさに包まれる。
ここは、まさに胎内そのものだ、とそのとき感じた
梅雨が明け、二週間ほどは天候が安定することを、山用語で「梅雨明け十日」と言う。まさに週半ばに梅雨明けした週末のこと。思いっきり水と戯れたくて、奥秩父は西沢渓谷の東沢にでかけた。
東沢は下からしっかりと沢筋をたどれば、足も着かない深さ数メートルの釜を持つ滝がいくつもかかる。そのフィナーレにあるのが、碧き清流が流れ渦を巻く、まるで石でできたカテドラル、大聖堂のようなホラの貝ゴルジュだった・・・
ホラの貝とは、また言い得て妙な名称だと思う。ホラの貝、つまりほら貝とは、その昔、呪術的には神聖なる女陰を意味する。
戦国時代にほら貝を吹くけれど、これの本意は、神威を発動し邪気を祓うことを目的としていた。「法螺を吹く」というのは、邪気払いの威力を持つほら貝の呪力発動を指していたのが当初のこと。まあ、貝全般が神聖なものとして見られてはいたのだけれど。当然、女性は聖なる存在でもあった。だから神とコンタクトを取れるのは女性。蛇足だけれど山の神も女性。だから落語などでもおなじみのセリフ「うちの山の神は・・・」なんて奥さんを揶揄したりもする。
ともあれ山全体が、こうした胎内のような場所だとされていたのも、こうした胎内的な場所がいたるところにあったからなのはもちろん、奥深くに揺りかごのように鉱物という深遠なる存在を秘めていたからだろう。女陰が宿すのが子だとすれば、大地の女陰すなわち山が宿すのが金となる。その金を目指すのが胎蔵界マンダラなどで知られる、元々は原始キリスト教でありペルシャの拝火教をルーツとする錬金系宗教、弘法大師の密教。

さて、西沢渓谷の駐車場で8時にハリー氏と待ち合わせた。そこで身支度をすると、じりじりと真夏の朝の陽ざしに焼かれながら西沢渓谷に向けて歩き始めた。30分も歩けば吊り橋に出る。ここを渡ったすぐ先から、遊歩道を離れて下の東沢におりる。

夏の日差しを受けながら、熱い河原を上流に向かって歩く。数メートルの深さの釜を持つ滝が次々に現れ、それを泳いで滝に取り付いて登らねばならないため、保水しない化繊の厚手の長そでシャツに、タイツ+パンツというスタイルだから、たちまち汗が噴き出す。暑い。

もうたまらず、水流中を歩く。深場を探して体を冷やす。水温は10度前後。サウナの水温が17度ほどだから、それよりもかなり冷たい。泳ぎっぱなしだから、低体温症になりやすい。以前、別の泳ぎ主体の沢に仲間と入った時のこと、短パンにTシャツという軽装で遡行していたメンバーが震えが止まらず行動不能になってしまった。低体温症の初期症状らしく、かなりつらそうで、見ていられなかった。このことがあったので、沢に入るときは体温を保持できるスタイルに注意を払うようになった。

河原を歩くとやがてゴルジュに入る。その最初の滝が、深い釜を持つ6mの滝。ゴウゴウと流れる青い水に飛び込み、水圧に逆らって目の前の岩を回り込むと、斜上するクラックがある。

空身で登るハリー氏そこを登るのだが、上部がけっこうヌメッている。ボクはそこでスリップして、背面から6m下の滝壺に墜落した。浮上するまでにザックに水が流れ込んでしまい、身動きがとれなくなってしまった。そのせいで鼻で水を吸ってしまい、頭がいたいのなんの。実を言えば、飛び込んだら楽しいかもな、なんてことを頭の片隅で思ってもいたりしたので、願ったり叶ったりかな。

1:ヌメッた上部を登るユウ
2:スリップし滝壺に墜落この先は、深い淵の泳ぎと小滝が連続する。10mの長い淵を泳ぎ、薄青色に輝く清流の中を歩き、また足の着かないほど深い淵を泳ぐ。次から次へと現れる青いプールを泳ぎっぱなしだから、からだが冷える冷える。

大岩に塞がれたチョックストンの滝は、水流に負けずに泳いで滝に取り付くのだけれど、この日は水量が多く押し戻されてしまう。しかたなく右側のクラックに体をねじりこんで、ジャミング効かせて登ろうとするも、どうにもザックが邪魔になって上がれない。

しかたなくザックを置いて、バックロープでそこを登り、滝上から二人分のザックを引き上げる・・・・のだが、水が入った上に滝の水流をまともに食らってしまうので、重いのなんの。滝のものすごい水圧がザックにかかり、破損してしまうんじゃないかとハラハラしながら、二人がかりで何度もトライ。ようやく引き上げることができた。これが一番の核心だったかもしれない。

ホラの貝ゴルジュに向かって泳ぐユウいよいよハイライトのホラの貝ゴルジュ入口。もう何メートルあるのか見当もつかないほどの深い半洞窟状の釜から、碧い水がどんどん流れ出てくる。まさに自然が創り出した神聖なる女陰そのもの。カテドラルだ。

ホラの貝内部に泳いでくるハリー氏ここがホラの貝の核心。柔らかな岩ひだを青い水が滑るように流れ落ちている。その水音が内部に響き、まるで胎内のような感覚に包まれてしまう。

右のリッジからホラの貝のフリー突破を試みるも、途中の一か所の一手が見いだせず、断念。仕方なく、アブミを使用してA1で抜ける。

ホラの貝ゴルジュの上には、いくつもの魅力的な沢がたくさんある。しかし、今回の目的はホラの貝だったため、ここから来た沢を下降。滝壺に飛び込みながら、1時間ほどで入渓した河原に出た。ホラの貝から戻ったボクらは、呪術的に云えば「再生」を果たしたことになる。つまり死と再生の秘術だ。死と再生の儀式は、たとえばフリーメイソンの入団儀式でも同じことで東西を問わない共通の概念になっている。しかし、その王道は女陰を象徴するこうしたホラの貝にこそあると思う。
まるで生まれ変わったかのようなスッキリした気分でまぶしい河原を歩く。ランチしていたハイカーがこちらを見て「どこに行ったんですか」とちょっと不思議そうに声をかけてきた。二言三言言葉を交わした後に、日当たりのいいそこで冷えた体を温めながら、ランチ。コーヒーを飲んで、のんびりと来た遊歩道を歩いて駐車場に向かった。
ホラの貝ゴルジュは、数あるゴルジュのなかでも一級品の、まさに「これぞゴルジュだ」と叫びたくなるほどの価値ある沢。
暑い夏におすすめの一本です。

・08:00 西沢渓谷駐車場
・08:45 出発
・09:10 吊り橋(入渓)
・12:00 ホラの貝ゴルジュ
・12:30 終了点(下降)
・13:40 入渓地点の河原
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