
写真はモミソ沢を遡行するハリー氏【丹沢・モミソ沢遡行~大滝上より右岸尾根下降】
先週の5月25日。今年の沢初めとして、丹沢のモミソ沢を登ってきた。靴はファイブテン社のキャンプフォーとウォーターテニーを用意した。どちらも生粋のステルスラバーのソールだ。
実は、昨年、ファイブテン社のアプローチシューズ「キャンプフォー」が谷川の万太郎谷などで非常に快適だったので、そのテストも兼ねてのモミソ沢入りだった。
モミソ沢の出合には懸垂岩という、クライミングの初級練習に手ごろな岩場があり、ここは常に山岳会などの初心者練習でにぎわっている。10月頃からは、アイゼンでギャリギャリと音をたてて冬期登攀の訓練に精出す人が多くなる。
さて、このモミソ沢。もう30年以上も前のこと。ボクがまだ16歳だった高校1年の冬に山岳部の仲間と登ったことがある。ルートなんかこれっぽっちも覚えていない。ただ、滝をいくつか越えると水がすぐに消えてしまい、後は普通のクライミングゲレンデを登る感覚で最後の大滝まで行ったこと、そして最後の大滝(12m・Ⅳ級)で怖い思いをしたことだけはしっかりと覚えている・・・
現在では少なくなったようだけれど、その頃の大滝では多くの事故が発生していて、死亡事故もあった。16歳の当時、そのことは知っていた。知っていたので大滝下から見上げたところ、その壁は別段ハングしているわけでもなく、ホールドが無いわけでもなかった。壁は水の無い滝の落ち口に向かって傾斜を緩め、いとも簡単に登り切れそうに見えた。
そして16歳のボクは、クライミング経験も少ないのに、愚かにもザイルも付けないままフリーで登ってしまった。真ん中から傾斜のゆるそうな左壁に移動し、上の落ち口を目指した。しかし、それは大滝の仕掛けた罠だった。簡単そうに見えてはいたが、それは幻想で、落ち口の下まで誘い込まれて知ったのは、岩はすべて逆層で外斜したスローパー・ホールドばかりだったということ。
落ち口まではあと1メートル。しかし上の壁が覆いかぶさっているうえに、ホールドがきびしい。当時は残置ハーケンも、ボルトも見当たらず、クライムダウンも難しい。どつぼ、だった。ここでリスクを承知で突っ込んでしまう奴が墜落するのだということがわかった。
これを見ていた山岳部の仲間が、墜落の危険に身動きとれないボクに「動くな」と言うと、左壁のチムニー状の岩溝から大滝上に上がりザイルを出した。ボクはそれをシットハーネスに結ぶと、勇気百倍。2手ほどのムーブで、大滝上に登れた。この時に初めてザイルがある、という安心感を実感できた。この安心感があることで、スムーズに動けるようになることを16歳のボクらは身をもって体感した。
あれからすでに30数年。モミソ沢って、どんなところだったのかな、という懐かしさのようなものを感じながら戸川林道の新茅山荘前の広場に車を止めた。車外でサンドイッチを頬張って、山荘の向こう側を緑に染める早朝の山並みを眺めて、16歳の頃に思いをはせていた。しばらくするとハリー氏も到着。車外でのんびりと立ち話をしているとき「うわ」と彼が足元を手で払った。

ファイブテンのガイドテニーを履くハリー氏それは、ヒルだった。ボクも自分の足元を観察する。よく見ると、落ち葉の間から獲物を求めるヒルが、うにょうにょと先を動かしているではないか。
以前の記事でヒル地獄を体験した話をしたけれど、奴らの勢力はこの表丹沢一帯にも及んでしまったようだ。
立ち話をしているとまたヒルに付かれそうなので、早々に身支度を済ませる。ハリー氏は沢靴ではなく、アプローチシューズのガイドテニー。ボクはキャンプフォーにしようか悩んだ末に、ガイドテニーと同じソール形状のウォーターテニーをチョイスした。岩場も、縦走路も、沢も、とにかくオールラウンドに使用するなら、ガイドテニーかキャンプフォーのどちらかだけでいいと思っている。

ボクが愛用するファイブテンのキャンプフォー今回、モミソで使用したウォーターテニーは、靴本体が柔らかいためフィット感は良好なものの固定感が弱く、長い下山ルートだとグニャグニャして疲労につながるかもしれない。キャンプフォーはかなりタイトなサイズを使用しているので、近々ワンサイズ大き目を買い足そうと思っている。

懸垂岩林道から水無川に降り、モミソ沢への入渓ポイントに行くと、すぐ横の懸垂岩では山岳会と思しき15名ほどのグループがなにやら講習会の真っ最中。ここのハングルートで足慣らしをしようと思っていたが、断念。もしや労山(勤労者山岳連盟)の・・・と思い、講師役の男性と何度か目が合うが、知らない方だった。彼に軽く会釈しながら、横目で見るとメンバーの半数以上がうら若き女性。いったいどこの山岳会なのだろう。なんともうらやましい限り。
※このグループ、実はこの直後に「あれ、わたしたちなんです。ニアミスですね~」とツイッターでメッセージをもらって、「女子のための!週末登山」などの著書を持つ西野さんたちのグループだったことが判明。

懸垂岩の横からゴルジュとなっているモミソ沢に入ると、それまでのまぶしい明るさとは対照的に、天井を鬱蒼とした緑に覆われた暗い谷筋に、ひんやりと湿った空気が流れている。
ボクらは足を濡らさないように、水流の無い場所を選んで足を運び、水流の無い場所を登った。苔むしてはいるが、今回もステルスソールはスメアリングもエッジングも問題ないし、しっかりと立てる。もちろんヌメヌメした岩は滑るが、そんな場所ではフェルトソールでも滑る。しかし、ヌルったナメ滝は正直怖い。

最初の2段5mの滝に続く2m滝を楽しく登ると、目の前に大きな石門の上に大石が挟まったようなチョックストンの滝が現れる。ステルスソールは、細かなスタンスであってもなんの不安もなく立てるし、登るのが何倍も楽しくなる。

3mの滝を越えると左から支流が入るので、そこを右に入る。すぐに3mほどの滝が次々と連続し、やがて沢は右に「くの字」に曲がる。3段8mの滝だ。これを目にした瞬間、16歳の時ここでいっしょに登ったメンバーが落ちたその光景が、脳裏にぱっと蘇った。彼はホールドの細かい上段で落ち、下で見ていたボクは、ヤモリのように身をくねらせながら落ちる彼が、まるでスローモーションのように見えた。心の中で「ヤバい!」と叫ぶも、言葉など出なかった。
しかし、どこでどうなったのか、足で壁を蹴ったのか、はたまた体のどこかが壁に当たったのか、とにかく彼の体が何かの拍子に弾んだと思ったら、なんと側壁に蝉のように張り付いていた。当時のボクらは登攀道具一式を身に付けてはいたが、ヘルメットはかぶっていなかった。墜落したら、下手すると命を失っていたかもしれないだけに、その奇跡に全身の力は抜けてはいたが、不吉を吹き飛ばそうと、カラ元気によるみんなの馬鹿笑いが谷に響いた。
目の前にある3段8mの滝は、そんな光景をありありと思い出させてくれた。


無論そんなことはハリー氏は知らない。ボクは、当時のことを思い出しながら、味わうようにしてそこを登った。当時、聳え立つように見えた壁は、意外にもあっけなく登りきってしまった。

やがて姿を見せたのがゴルジュに口をあけたチムニーを、ソールのフリクションを楽しみながらステミングで突破。次々と水のない滝が連続する大滝前のゴルジュを子供のようにはしゃぎながら登ると、いよいよ最後の大滝12m。
ここはザイルでビレイしていたため、あいにく写真は無し。

大滝の真下よりやっぱり下からだと、小粒で冴えない壁に見える。ここでザイルを出して、ランニングを取って登る。リングボルトのある中間地点から、傾斜のゆるい左壁に行きたくなる。しかしそれは大滝の罠。弱点は垂直な右壁。ホールドは豊富なので、こちらを登り、途中の残置ハーケンでランニングビレーをとって、簡単なマントリングで体を引き上げてから、落ち口へトラバースすれば終了。実にあっけなし。誰でもいける。でもロープは必要。 “そこで落ちたら危険”という場所で使用するのがロープなので。
大滝の上で、コーヒーブレイクのためザックを置いて岩に腰かけた。ストーブとコッヘルと水を出しながら、ふとハリー氏に目をやると・・・首筋に茶色の物体が。とっさに、それがヒルだと気づき「首にヒル!」と彼に告げた。ヒルは、コンプレッションのインナーから、首の肌に這い登ったばかり。今まさに吸血しようというところをハリー氏は全力で叩き落とした。
そして、もしやと思い、足元をまじまじと見てみると・・・「!」
靴の上や紐の中はもちろん、パンツの裾や、太もも・・・ザックにも這い回っているではないか。コーヒーの準備は後回しに、ぱしぱしと、あっちこっちのヒルを手で払った。足元の落ち葉をよく見ると、人の気配にヒルうねうねと動いている。
しかし、ボクはどうしてもコーヒーが飲みたかった。ハリー氏は「こんなヒルの巣窟でコーヒー飲むの?」とあまり乗り気ではないようだった。それでも沢カフェはオープンした。沢カフェはヒルになどひるまないのだ。
ところでヤマビルは雨が苦手なため、雨が降ってくると、木に登り葉の裏に隠れる。で、こんなところに人や動物がくると、二酸化炭素なのか人の出す赤外線なのかに反応し、ポタリ・・・と落ちてきて取り付くことになるのは、
以前の記事にあるとおり。

結局ヒルが嫌で岩に立ったままコーヒーブレイクボクらは岩の上に立ったまま湯を沸かし、ドリップしてコーヒーを淹れ、琥珀の香りに一息。しかし、そんな最中でもヒルは休まなかった。いつしかハリー氏の靴の中に入り込むと、とうとう吸血。出発の際に足元をチェックすると、ソックスに丸々としたヒルが複数吸い付き、それを指で弾き飛ばしたあと、ソックスには赤いシミが広がった。
まいったな~と苦笑するハリー氏に先行して、大倉尾根を目指して沢を登る。大倉尾根から天神尾根経由で新茅山荘までもどることになるのだけれど、モミソの左右どちらかの尾根でおりられれば断然ラクちんだ。もしも左右どちらかの尾根に苦労せずに上がれる場所があれば入ろうと心に決めた。すると、沢筋を数十メートルほど登った左側に、モミソ沢左の尾根(右岸尾根)へ詰めあがるのに最適な枯れ沢跡が、落ち葉に埋もれているのを発見。迷わずそこに踏み込むと、急斜面を木の根や岩をつかんで登る。それでもガレた源頭を登ったり、藪こぎするより、よっぽどラクだ。

モミソ沢の右岸尾根を分岐を分けながら下る少し登るとその溝も消え、目の前の尾根に登りやすい場所を選んで尾根の上に出る。確認のためにその尾根上を少しだけ山頂方向に登ると、すぐ向こう側に、もうひとつ尾根があった。地形図をチェックすると、方位的にドンピシャ。向こう側の尾根で下ることに決めると、斜度がゆるく下草の少ない場所を選んでどんどん下る。しばらくすると、さらに尾根が分岐するので、等高線が開いていて、崖に行きあたるリスクの少ない右側の尾根へ。当然この尾根の落ち葉の中にもヒルはうじゃうじゃ居るので、休憩なしで走り下ると、やがて沢音が大きくなり、水無川へ出た。

わずか30分足らずで水無川に下れるそこから水無川を対岸に渡ったりしながら上流に10分ほどさかのぼると、モミソ沢の入渓地点の懸垂岩に出た。下山にかかった時間は、わずかに30分ほど。登山道まで詰め上げて下るより全然早いしラクだ。

この水無川を上流に少し遡ればモミソ沢入渓地点に出られるボクらは新茅山荘の駐車場で、体についたヒルを念入りにとりながら着替え、そしてコーヒーを飲んだ。ハリー氏の足の出血は、まだ止まっていなかった。それを見ながらボクらは、当分、丹沢の沢はやめようと結論した。
【モミソ沢 コースタイム】
7:00 新茅山荘前着(朝食/準備)
8:15 スタート
8:30 モミソ沢出合
8:45 2mCS
9:10 3段8m
9:20 ゴルジュ
9:50 大滝
10:15 大滝上
【10:20~10:50 コーヒーブレイク】
11:00 左側尾根(右岸尾根)取りつき
11:20 尾根上
※右岸尾根上から少し登った場所から派生する支尾根を下降。
※途中の尾根分岐で右の尾根で、水無川へ。
11:50 水無川
12:00 モミソ沢出合
12:15 新茅山荘前
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やっぱり30年以上前の高校の時に本谷とか丹沢の沢はいくつか登ったけど、ほとんど覚えてないけどただ小川谷だけはジャブジャブとすごく楽しかったこと覚えてます。
それにあのころはヒルなんて全くいなかったし。
10年ぐらい前に山登りは再開したころ、まだ表丹沢にはそんなにヒルはいないって聞いた覚えがあるけど、今じゃそこらじゅうウヨウヨいるんですね。
シロヤシオ咲く今頃檜洞丸に行って見たなぁと思っていたけど、やっぱり止めます。やっぱり丹沢は冬だけの限定エリアですね。
そう言えばユウさんは以前南房総に住んでいたし、今はたしか丹沢の方、ひょっとしてヤマヒル好き?ってことはないですよね(笑)